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「今度は何を?」と理樹が問うと、鈴は「筆箱……」と意気消沈したように答えた。毎度のことだったし、自己嫌悪に駆られているであろう鈴に追い討ちをかけるのも嫌なので、理樹は文句一つ言うことなく「じゃあ探そう。どこで落としたか心当たりはある?」と訊いた。
 大学に入ってからこの方、どういうわけか落し物の多い鈴である。四月の半ばに財布を落としたのを皮切りに、ノート、自転車の鍵、再び財布、レンタルビデオ店の会員カード、再びノート、定期券、とここ一ヶ月間立て続けに物をなくしている。財布には学生証やら何やらといった大切なものは入っていなかったし、ノートは理樹が写させてあげたし、自転車の鍵にはスペアがあるし、カードは再発行してもらったし、定期券は残り二週間程度だったので、いずれも被害は大きくなかったが、悉く鈴の手元に戻ってはこなかった。
 だから今回もまた戻ってこないのではという予感が、二人の間にはある。
「一時間目と二時間目は筆箱あった」と鈴が言った。
「それは知ってるよ」
 二限の講義で一緒だったからだ。
「三限は?」
「ノートとらなくていい授業だったからわからない……」
「四限は空き時間。で、五限のときには既に鞄の中にはなかった、と」
 鈴はこくんと頷いた。
 とりあえず鈴が三限の講義を受けた、四階の大教室から探し始めることにした。既に講義は終了しており教室は無人だった。座っていたらしい後ろの席まで暗い中を歩いていく。それから二人は文字通り床に這いつくばって周囲を見回したが、鈴愛用の猫型ペンケースは見当たらなかった。黙って顔を見合わせて、やっぱり、という視線を交した後、四限の空き時間に寝に行っていたという図書館に向かった。寝ていたのではペンケースは鞄に仕舞ったままで、落しはしないだろうと理樹は思った。そろそろ閉館時刻で、図書館の中にひとは少ない。鈴の指定席は二階の西側の隅だった。灰色の絨毯の上には、やはり何も落ちていなかった。机の上もまっさらだ。
「ないね」と理樹は言った。「五限の教室に行ってみる?」
「教室に入ったときにはもうなかったから」と鈴は諦めたような口調で口を開いた。「たぶんそこにはない」
「万が一のこともあるから行ってみようよ」
 だがその一階の少人数用の教室にも、鈴のペンケースは見当たらなかった。床に落ちてもいなければ、机の中に入ってもいない。電灯を消して廊下に出たとき、外は薄暗くなり始めており、窓からは焼け落ちる西の空が赤々と見えた。
 理樹がもう一つの可能性に思い至ったのは、すっかり落ち込んでいる鈴をなんとか励まそうとしながら門を出たときのことだ。「二限の教室はどうかな」と理樹は言った。
「え?」
「教室出るときに落として、僕も鈴も気付かずにそのまま出てきちゃったのかもしれない」
「あー、そうか」
 鈴の背を押して理樹は敷地の中へ引き返した。鈴と二人で三階まで駆け足で上がった。
 暗い教室に入って、電灯をつけた。無人の部屋はいつもよりも広く感じられた。二人で隣り合って座っていた、左後側の席へ向かう。
 一見して何もない周囲を、それでもひと通りは見回した後で理樹が言った。
「ない、ね」
 理樹の言葉には答えずに鈴は、「どうしてあたしは、こんなにいろんなものを落とすんだ?」と微かに呟いた。質問ではなかった。それからしばらく黙り込んだかと思うと、今度は一転、「まあもういいだろ。落し物っていうのは、きっと戻ってこないものなんだ」と腕を組んで言い、踵を返して教室を出た。
 そのとき理樹は、目の前の椅子の背に小さな紙が貼り付けられているのを見付けた。「鈴、待って」と言いながらテープを剥がした。訝しげな表情をして引き返してきた鈴が、「なんだ?」と理樹の手元を覗き込む。紙にはこう書かれていた。
『ペンケースを落とした方へ。二階の学生部に届けておきます。』
 きょとんとした顔で鈴はその紙片を受け取り、両手で持ってじっと眺めた。理樹は学生部に遺失物係があったことを思い出し、最初からそこに行けばよかったのかと考え、それから、親切なひともいるものだ、と思った。落し物を遺失物係まで届けてくれたばかりか、わざわざその旨を書き残す労を厭わなかった、見知らぬ誰か。
「……これは、ここに行けば筆箱あるってことか?」
「うん。きっと返してくれるよ」
「この紙は――」
「鈴のペンケースを届けた誰かが書き残してくれたんだよ」
「そうか」と鈴はどことなく嬉しげに頷いて「今すぐ行こう」と言うと、ばたばたと子供のように走っていった。理樹は苦笑して、見付かって本当に良かったと思いながら、鈴の後を追って教室を出た。


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